張芸謀初のスパイ映画「懸崖之上」(邦題:崖上のスパイ)【あらすじ】【ネタバレ】
中国映画界の巨匠張芸謀の新作映画「懸崖之上」は、彼自身初の諜戦映画でした。2020年の「一秒鐘」から精力的に新作を撮っており、本記事の「懸崖之上」のあと、「狙撃手」という作品も控えています。舞台は満洲国の支配下にある極寒のハルビン。敵の包囲網の中、崖っぷちの任務に挑むスパイたちの活躍が描かれています。
「一秒鐘」に引き続き、張譯と劉浩存が出演しています。劉浩存は「一秒鐘」がデビュー作だったのですね。どうやら「影」で出演予定だったそうなのですが、結局そちらでの出演はありませんでした。張芸謀が発掘してきた逸材、という感じがしますよね。若き日の章子怡を思わせる、可憐さと純真さがとても魅力的だと感じています。本作ではソ連で特別な訓練を受けたエージェントという役どころ。ちょっとしたアクションなんかもこなしています。それにしても可愛らしいです。メイクしている姿よりもすっぴんがとにかく美しい。張譯と劉浩存は「狙撃手」にも出演していますのでこちらもとても楽しみ。劉浩存は今後の活躍がとても楽しみな女優さんです。
張譯は今回かなりハードな役どころです。前半はエージェントとしての鋭い観察眼でピンチを乗り越えていきますが、後半は手酷い拷問を受けて変わり果てた姿に…。張譯だと言われていなければ判別出来なくらいのボロボロの姿になってしまうのですが、最後までエージェントとして戦う姿がやはり格好いい。そして、敵側に潜入している于和偉とのシーンが凄いのです。于和偉は潜入者として絶対に身分がバレてはいけないので、大変なリスクを背負って同志を助けようとするのですが、張譯を助け出すことはできず、その孤独な戦いを見守ることしかできません。終盤の処刑シーンは筆舌に尽くし難い…ぜひ見てみて欲しいと思います。
この手の諜戦もの、いわゆる戦時中のスパイものの作品は映画・ドラマ問わず多くあるわけですが、本作は一線を画している作品だと個人的には思っています。諜戦ものではおなじみの要素(潜入、暗号本、身代わり、銃撃戦、カーチェイスなどなど)が全部盛り込まれている割には展開が分かりやすい。何よりエージェントたちの孤独な戦いが、シンプルだけれどもとてもスリリングに描かれていました。そして雪のハルビンという舞台が、その戦いを冷たく盛り上げていきます。さすが張芸謀ですね。日本にもきて欲しいなぁと思いつつ…この手のジャンルはなかなか厳しいと思っていましたが、「八佰」の上陸が決まったので少し期待しています。
興味がある方はぜひ観てみてください、お勧めします。
目次
作品情報
原題:懸崖之上
英題:CLIFF WARKERS
邦題:崖上のスパイ
監督:張芸謀
脚本:全勇先、張芸謀
出演:張譯、于和偉、秦海璐、朱亜文、劉浩存、倪大紅、李乃文、余皚磊、飛凡、雷佳音、沙溢
上映時間:120分
中国公開日:2021年4月30日
日本公開日:2023年2月10日
あらすじ
雪深い森の中、ソ連で訓練を受けた4人の共産党工作員がパラシュートで着陸した。彼らは”烏特拉”と呼ばれる極秘作戦を遂行すべく2組に分かれてハルビンへ向かおうとしていた。しかし、逮捕された共産党員が処刑を恐れ作戦の存在を暴露したために、彼らは既に敵の罠の中だった。
主な登場人物
張憲臣(張譯)
小隊のリーダー的存在。王郁とは夫婦関係で、2人の娘と息子はハルビンで孤児となっている。二手に分かれ小蘭と行動を共にする。
小蘭(劉浩存)
小隊のメンバー。楚良とは恋人関係。一度見たら忘れない瞬間記憶の能力を買われ作戦に参加することとなった。
王郁(秦海璐)
小隊のメンバー。二手に分かれ楚良と行動を共にする。夫である張憲臣と別れる際、生き残った方が子どもを探しにいくと約束を交わす。
楚良(朱亜文)
小隊のメンバー。高学歴のエリートで、小蘭とは恋人関係。王郁とともに行動し、特務科の軟禁下に置かれる。
周乙(于和偉)
表向きはハルビン特務科の股長だが、実は特務科に潜入している地下工作員。捕縛された張憲臣から情報を得て、同志と作戦のために行動を起こす。高彬特務科科長。科内に内通者がいると疑い、部下の女性工作員小孟を使って極秘裏に調査をしている。
ネタバレ
満州事変(九・一八事変)の後、日本軍は中国東北地方を占領し満州国を樹立した。14年もの間、満州国ハルビン特別警察庁特務科は、抗日組織を弾圧し続けた。
暗号
雪深い森の中、ソ連で訓練を受けた4人の共産党工作員がパラシュートで着陸した。彼らは”烏特拉”と呼ばれる極秘作戦を遂行すべく2組に分かれてハルビンへ向かおうとしていた。しかし、逮捕された共産党員が処刑を恐れ作戦の存在を暴露したために、彼らを待っていたのは敵側の工作員だった。2組の楚良と王郁は、味方と偽り合流した敵工作員らとともに列車に乗っており、同じ列車に乗っていた1組の老張は2組に状況を伝えるべく暗号を残す。しかし、その暗号は列車に同乗していた裏切り者によって書き換えられてしまった。
行動
列車から別々に脱出した1組の張憲臣と小蘭は、ハルビンで合流する。ロシア語で黎明を意味する”烏特拉”、その作戦の内容は日本軍が秘密裏に爆破処分した処刑場背蔭河からの唯一人の脱獄者・王子陽を海外逃亡させ、日本軍の悪事を世界中に暴露しようというものだった。組織と連絡を取るも、暗号を解読するための本は楚良の手元にある。翌日、張憲臣は書店に同じ本を探しに行くが、そこは既に特務科の工作員が見張っていた。張憲臣はなんとか逃げようとするものの、特務科の車両にはねられ捕縛される。
底牌
特務科に捕らえられた張憲臣は手酷い拷問を受ける。情報を吐かない張に対し催眠剤を使おうとするが、その隙に張憲臣は医者を殺し拷問室を脱出する。そこで合流したのは特務科の周乙だった。周乙は謝子栄が寝返ったことを伝え、張憲臣を車のトランクに隠し脱出させようとする。
迷局
車に乗り込んだものの、門では既に検問が行われていた。周乙は自分を盾にして脱出するよう提案するが、張憲臣は脱出できたとしても痛めつけられた身体で烏特拉作戦の遂行は不可能であり、周乙こそ生き残る価値があると脱出を断念する。張憲臣は、小蘭が暗号を知っていること、王郁たちを逃がしてほしいということ、自分と王郁の子どもたちがモダンホテルのあたりにいることを周乙に伝える。別の車に乗り換え、門に突っ込んだ張憲臣だったが、死ぬことはできず、再び拷問にかけられ催眠剤を打たれる。昏迷状態の張憲臣は「亜細亜」「二四六」という単語を漏らしてしまう。一方、王郁が倒れ病院に搬送される。彼女は敵の手の中である事に気付き、自ら毒薬の欠片を服用したのだった。病室に現れた周乙は、自らが特務科のスパイであると明かし、王郁と楚良から小蘭との接触方法を聞き出す。張憲臣が捕まったことを知った王郁は歯を食いしばり涙を流すのだった。
険棋
張憲臣から聞き出した情報を元に、亜細亜電影院の火・木・土曜に小蘭が現れると踏み、周乙と金志徳は見張りをしていた。一方、周乙は王郁と楚良を逃がす計画も立てていた。食事の際、身体検査として密かに睡眠薬を盛り2人を眠らせたと見せかけ、周乙は楚良にルーマニア大使館に逃げ込むように指示を出した。
生死
計画実行の時が迫り、王郁と楚良は工作員たちとともに出発する。ルーマニア大使館に到着し、2人は作戦実行のために大使館に入ろうとするが、工作員もついてこようとする。そこで王郁だけが先に大使館に入り、楚良は残ることになる。工作員は楚良と名乗り、王郁の後を追う。楚良は金志徳を襲撃し車を奪い取り逃走する。王郁も準備してあった車に乗り込み逃走するが、追手が迫る。銃撃戦となり、2人では逃げられないと判断した楚良は、王郁を車で逃し、自身は敵の手に落ちる前に服毒自殺をしたのだった。
今回の作戦の失敗の裏に内通者がいるとして、高科長は周乙を尋問する。周乙が金志徳に罪を着せるべく車に隠しておいた暗号用の本が見つかり、周乙は解放される。そして張憲臣は、周乙らが見守る中、金志徳とともに銃殺刑に処された。
前行
周乙は映画館で小蘭と接触し、烏特拉作戦を遂行、王子陽を出国させることに成功した。そして、張憲臣から託された娘と息子を王郁のもとに送り届けたのだった。
解説
“烏特拉”行動の背景
背蔭河の日本軍施設から脱獄した唯一の生き残り王子陽を出国させるというのが、4人が命じられた“烏特拉”作戦の内容。なぜ王子陽一人のためにこのような作戦が展開されたのか、それは日本軍は王子陽らが脱獄したあと、背蔭河の施設をすぐに爆破破壊したから。つまり、日本軍にとって都合の悪い事実を隠す必要があり、王子陽という当事者は国際的に日本軍の悪行を摘発するために重要だったわけです。
この背蔭河、何かというと731部隊のこと。生物兵器の研究なども行われていた機関ということで有名ですよね。劇中では「日本軍の殺人場」「一度入ったら生きて出ることはできない」と言われています。そんな背景があり、極秘作戦として作戦が行われたという設定になっています。
張憲臣はなぜ捕まってしまったのか
ソ連で訓練も受けた百戦錬磨のエージェントである張憲臣。“烏特拉”作戦でもリーダー的存在として4人をまとめていました。しかしながら、前半で特務科に捕縛され手酷い拷問を受けることに。なぜそんな事になってしまったのでしょう。
張憲臣と王郁は同志であり夫婦でもあります。2人の間には8歳の娘と6歳の息子がいます。夫婦は別行動の際、「生き残った方が子どもを探そう」と約束していました。張憲臣はハルビンに残してきた子どもたちの状況を把握していて、子どもたちを引き取った人物は日本軍に殺され孤児となってしまい、ホテルの前で物乞いをしていることを知っていました。
暗号本を手に入れ、追手から逃げるはずだった張憲臣ですがホテルの前で子どもの姿を見かけてしまいます。たまらず子どものもとに行ってしまったために特務科を撒くことができずに捕まってしまいました。
一流のエージェントならば任務をこなしてから子どもを迎えに行けばよかったのでは?と思ったりもしますが、王郁たちが特務科と一緒にいるのを列車で見ていた張憲臣は、彼女たちの命は既になく、自分たちも今回の任務で命を落とすだろうと思っていたのかもしれませんね。この機を逃したら二度と会えないという思いが張憲臣を動かしてしまったのかもしれません。その行動のせいで、二度と家族に会うことは叶わなくなってしまいました。